75人が本棚に入れています
本棚に追加
『鏡花水月』
「愛してるよ」
彼女は何も応えず、瞳を閉じたまま薄っすらと笑みを浮かべる。
壊してしまわない様にそっと手を伸ばしてみても、この指先が彼女の肌に触れる事は無い。
逆に、彼女の白く長い指が僕の髪を撫でる事も、その薔薇のような紅い唇が愛の言葉を紡ぐ事も無い。
それでもいい。僕は幸せだ。
「あぁ……君はどうだい?」
彼女はやはり何も答えない。だが、少なくとも僕の心は、こうして君の前に立つだけで、充分に満たされていく。
──至福の時……。
そして、ひんやりと冷たいガラス窓にピッタリと頬を当てると、この瞬間を逃さない様に彼女を真似て目を閉じた。
ベッドで寝息を立てる彼女に、この温もりが僅かでも伝わりますように……。
最初のコメントを投稿しよう!