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ちがうちがう。初老の男は、軽く微笑みながらかぶりを振った。
大男がじゃあ何だよ、というように首を傾げて見せると、初老の男は深く息を吐いてからこう言った。
「時間がないってのは、俺のことさ。俺はもう長くない……悪い病気にかかってしまったんだ」
穏やかな表情からは、相変わらず優しい微笑みがこぼれている。
「うそ、だろ……?」
答えなかった。ただ、黙って首を振っただけ。
呆然としている大男に、このことは決して口外しないでくれ、と初老の男は笑った。
「ダージリン。もうひとつ約束してくれるか」
悲愴な表情で大男が初老の男を見つめる。何か言いたそうだが、言葉が出てこないようだった。
「約束してくれるか。もし……もし俺がな、何かをする前に倒れてしまったら……おまえが、跡をひき継いで娘を探してくれないか」
「そんなこと言うな!」
「もしもの話だよ。今すぐは死にやしないさ。ただ、もしそうなったら、ルアに頼れ。あいつなら全部を知っているから」
なるもんか。リーは倒れたりするもんか。きっと元気に帰ってくるに違いない。
なんの病気か知らないけど、きっと良くなるに決まってる。
心の中で叫んだ言葉は、けれど発する前に初老の男の微笑みで消されてしまった。
だから、大男は、渋々とだが、こっくりと頷くしかなかった。
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