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朝方――。上田城では戦に赴く為、武装をした兵や幸村達が総出で道中を歩いていた。
「…………」
馬に跨がりながら手綱を握る幸村の表情は、眉間に皺を寄せた険しい顔になっている。
周りの者達は戦の為に集中して黙っているのだと、気を遣って話そうとはしない。
それに分かっている幸村は心配かけまいと、何とか平常心を保とうとするも……。
(朔殿……)
頭には一人の女性の姿が浮かび上がる。
その姿を浮かべるだけで、更に顔が険しくなってしまう。
幸村が何かと葛藤をしている様子を、木の上から伺っていた佐助は心配そうな表情をしていた。
「朔ちゃん…。一体、どうすんだろうねぇ」
呟く様に零す言葉は、風の音と共に掻き消される――――。
* * *
――その頃、静まり返った上田城では…。
「…………」
縁側で青い空を仰ぐ者が一人。物思いに耽るように、空を見上げていた。
(……今頃、皆は向かっているか)
膝に置かれた小さな拳は、軽く ぎゅっ…と握り締められる。
戦に行きたい――。
戦う為じゃない。
……だけど。
「……蒼羽」
私には握れる刀がない。
蒼羽以外の刀を握るのは、絶対に嫌だ。
彼も自分以外の刀を持たれる事に、嫌だと哀願していた。
その気持ちもあるから、私は他の刀なんて握りたくない――…。
今朝に幸村が私の部屋まで迎えに来てくれた。しかし、そんな理由もあって私は戦に行くのを断ってしまった。
「……ごめん」
その時の幸村の表情は、一瞬だけ驚いた顔を見せるも「これで朔殿が傷つかぬなら、嬉しきこと」と笑ってくれた。
彼は私が戦に行くと思っていたのかもしれない――。
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