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風が再び穏やかになった時、私の手には、刀身が淡い紅色で輝く――――…一本の刀が握り締められていた。
再び、貴方と共に――。
* * *
「霧が立ち込めてきましたね…」
陣を築いていた武田軍の周りでは、白い霧が漂っていた。
味方の顔すらよく見えない霧の中、腕を組み、瞳を閉じている信玄。
「この霧では両軍ともに動けまい……。晴れ間を待っての開戦と思うておろうな、謙信…――否!」
カッ!と目を見開いた信玄は、傍らに突き刺していた斧の柄を掴む。
「これしきの霧。武田が烈火を止めるに能わず!!」
――ゆけい!幸村ァ!!
「うぉおおおお!!」
ドガガッ!と蹄の音を辺りに響かせながら、先陣を切る幸村。
狙うは背後から攻める上杉の陣。
まるで波を裂くかの如く、十文字槍で霧を払う。
突然の奇襲に、陣を守っていた兵士らが「なっ…なんだァ!?」と驚愕の声を漏らしていた。
「武田軍。真田幸村ァ!一番槍、頂戴致す!!」
手綱を勢いよく引く幸村は、何の迷いなく、相手の陣の中へ突撃をしたのだ。
陣の周りの騒がしさから、中心に居た謙信がピクッと身体を反応させる。
「…やはり。べつどうたいが、うごいていましたか」
海津城から千曲川を渡り、八幡原に本陣を布いた武田軍は、決戦の早朝―――…秘密裏に別働隊を南下させた。
これは妻女山に布陣した上杉主軍を、濃霧に紛れて急襲するという作戦であった―――…。
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