20人が本棚に入れています
本棚に追加
冥界に続くむせ返る桜の階段。その中腹にある屋敷からは今日も死人のくせに大食らいな主人のために炊事の煙が上っていた。
色素のない切り揃えた白の短髪を頭巾でまとめ、
血色の無いか細い腕でお玉にすくった自家製味噌を溶いていた。と、
「こらっ!いけません!」
「ひゃんっ!」
空間の裂け目から伸びた腕は軽く叩かれ、川魚の塩焼きのつまみ食いに失敗した。
「むむ…、流石は妖夢。伊達に幽々子の世話してないわね。」
「お褒めに預かり光栄です、紫様。ちゃんと紫様の分もありますから。」
「幽々子は?」
「…すみません、今日は出かけると言って一人で、多分、〔あの桜〕を見に…。」
「…そう…。」
〔あの桜〕と言えば西行妖である。
階段を更にのぼるとある、視界いっぱいに腕を伸ばした桜は、西行寺幽々子の終わりであり、始まり、そして遠い日の思い出の具現物。
かつて幽々子は、今は枯れ木となったこの大木に満開の桜を咲かせようと、幻想郷中から春を集め、冬を長引かせたことがあった。しかしその計画は失敗におわり、幻想郷は再び事なきをえた。
近頃幽々子は思い出したように一人でそこに出かけては、慈しむように、愛しげに、悲しげに一人見上げる。
妖夢は、その顔が嫌いだった。
いつも綿菓子のように軟らかく、笑みを絶やさない幽々子が、夢をさまよう眼差しで桜を見上げる。
何を見ているのか、何を考えているのか、誰にも解らない。
そして妖夢に気がつくと、とくに隠そうともせず、いつもの微笑の向こう側に見えなくなってしまうのだった。
最初のコメントを投稿しよう!