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春の水圧
とぷん、という音を夢の中で聞いた気がして目が覚めた。なにかがいつもとちがう。高い場所から水にとびこんだみたいに、ひくい耳鳴りと圧迫感がやまない。
カーテンを開こうと持ちあげる腕が重かった。カーテンは目の前にだらりと垂れ下がって、よどんだ空気。
まっ黒いガラスのスクリーンに透けて、遠くの電灯が滲んでいる。虹色の輪をかけてゆれるひかり。ゆらゆらと 誰かが泣いてるみたい、ね。
今夜はまるで温んだ空気が液体になったようだ。世界が粘度を増してからみつく水飴を呼吸している。水を張られた田んぼに道路沿いの電灯がぽつりぽつりと映って、世界はふたつ。水中の世界がふたつ。
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こんな曖昧さを今夜の私は認めている。こんなあてどない生を今初めて生きていると思う。私を求めるひとはいない。私さえ求めてはいないのだから。
ぼんやりとしたまま、どこまでも時間をやり過ごせそうな、この春。空気がからみつく。私は動き出さない。
110516
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