春の水圧

1/1
前へ
/28ページ
次へ

春の水圧

とぷん、という音を夢の中で聞いた気がして目が覚めた。なにかがいつもとちがう。高い場所から水にとびこんだみたいに、ひくい耳鳴りと圧迫感がやまない。 カーテンを開こうと持ちあげる腕が重かった。カーテンは目の前にだらりと垂れ下がって、よどんだ空気。 まっ黒いガラスのスクリーンに透けて、遠くの電灯が滲んでいる。虹色の輪をかけてゆれるひかり。ゆらゆらと 誰かが泣いてるみたい、ね。 今夜はまるで温んだ空気が液体になったようだ。世界が粘度を増してからみつく水飴を呼吸している。水を張られた田んぼに道路沿いの電灯がぽつりぽつりと映って、世界はふたつ。水中の世界がふたつ。 / こんな曖昧さを今夜の私は認めている。こんなあてどない生を今初めて生きていると思う。私を求めるひとはいない。私さえ求めてはいないのだから。 ぼんやりとしたまま、どこまでも時間をやり過ごせそうな、この春。空気がからみつく。私は動き出さない。 110516
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加