一日目

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医師はその後もさまざまな治療の術を話してみせたが、結局アーデレの両親は彼女に新たな治療をさせることはなかった。 ここで両親が別の決断をしていれば、アーデレのこの先は変わっていたかもしれない。しかし治療がなかったのは事実であり、それがこの物語である。   彼女はこのやり取りを知らず、別段何も思うことなく病室へと向かった。ガンという病名に恐怖したのも前の話、死が遠い虚無だと感じれば、それは風邪をこじらせて入院することと大した差のないことであるからだ。 アーデレが案内された病室の扉を開くと、部屋の右端、窓のすぐ近くのベッドにいた女の子がこちらを見て手を振っている。アーデレの艶やかな黒髪とは対比的な、美しい銀の髪を腰近くまでのばした子だ。アーデレを美しいと褒めるならば、彼女には可愛らしいが適切だろうか。 「はじめまして、ジュシーよ。」 銀髪の彼女はにこやかに微笑み挨拶した。透き通るような白い肌が、アーデレを見てかかすかに赤く火照ったようにも見える。…いや、窓から差し込む陽光が頬に光を落としているだけだろうが。 「アーデレ・トンプソン。しばらくお世話になるわ。」 病室にはジュシー以外に病人はいないようだった。入り口の名札入れにも彼女以外の名前は見られない。 なれ合うのは苦手なアーデレだったが、さすがにどれだけか分からない病室生活を孤独では酷だと感じたか、ジュシーの向かいに荷をおろす。 ジュシーがしきりに手を振るものだから、アーデレも根負けして少しだけ、手を振り返してみせた。 ジュシーのきゃ、という甘い声が、ほんの一瞬病室に響く。   「私ね、男性恐怖症なの。だから病室も独りぼっちなのよ。ちょっとした隔離病棟状態。」 ジュシーは微笑みながら話した。自分が遠目に男性を見るのもままならない恐怖症だということ、小さい頃から体が弱くて星の数ほど入退院を繰り返していること、見かけによらずポップ・ロック好きでCDを何枚も持っていること(ジュシーは外見お嬢様育ちのようで、とてもポップ・ロックを聴くようには見えない)、アップルパイが大好物で、昔食べ過ぎで喉を詰まらせたことなど、他愛もなくくだらないことを、何から何までアーデレに聞かせた。
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