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はぁ、とため息をついて椅子に座る。現実はやはり、世知辛いと痛感。
「そういやミツル、さっき誰を見ようとしてたんだ? お前が誰かを見るなんて珍しい」
思い出したように呟いて、高橋は話題を振った。
「別に何も……ただ、羨ましいなーって思ったり思わなかったり」
「はぁ。良く分かんねーけど……あ、もしかしてあれか」
わざと先ほどの女生徒とは違う方向を向きながら答えたミツルの耳に、高橋はこう言った。
「初音さん見てたのか」
「ぶっ!?」
「どうした、ミツル?」
「っな、ななな……」
なんでそれを、と言いそうになってギリギリの所で堪えるミツル。手応えを感じた高橋は、笑みをより濃いものにした。
「あれ、違うのか? 他にミツルが見そうな奴なんて、いる?」
「だ、誰だって良いだろ!?」
「あ、今誰だってって言った。てことはつまり、見てたのは人ってことだな」
「なっ……お前まさか、かまを……!」
「かま? 一体何のことを言ってるのか俺にはさっぱりだぞ」
にやりと笑う高橋。はかられた。漢字で書くと、謀られた。
わなわなと震えながらミツルは、意味もなく中二臭い台詞を放った数秒前の自分を後悔した。
素直に、見ていた女子の名を言っていればこんなことにはならなかっただろうに。すでに手遅れと分かりながら、ミツルは口を開く。
「お、俺は――」
重なるようにチャイムが鳴った。もともと小さかった声は、高橋の耳に届くことはなかった。
「あん、どうした?」
「いや……別に」
一度失ったタイミングを取り戻すなどミツルには出来ない。内気な自分には、一度が限界だ。
満足げな表情を貼り付ける親友の顔にうんざりしていると、若い女性の教師が入ってきて次の授業が始まった。
◇
最後のチャイムが鳴ると、未だに黒板に字を刻んでいる世界史の教師を無視して大半が帰宅の準備をし出した。
真面目にノートをとっていたのは、ミツルと、一部の大人しめの女子だけだ。一度書いてしまった事柄を途中で止めるわけにもいかず、慌てたように女教師は字を荒くする。
それを横目に高橋は、授業が終わって間もなく、ミツルの席へやって来た。
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