昔日

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 周囲は静謐に包まれていた。わたしと、同じように。  カタン、コトン。カタン、コトン。  列車がレールの上を滑る音だけが車内に響いている。  小声で話しているはずの彼の声がひとまわり大きく聞こえた。  それは、周囲が静かになったからという訳ではないだろう。 「私には明日香という、一人娘がおったんだよ。今日は娘の十三回忌だったんだよ」  彼は、はたと気づいたように、すまないね、こんな話でと、わたしに悲しみの笑顔で笑いかけた。  わたしはそれに、首を振って応えた。  身振り、手振り、表情、仕草、目。  声ではない、勿論文字でもない情報が、わたしに何かを訴えていた。  何か、わたしが、わたしだからこそ、聞いておかなければいけない情報が。
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