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静の絶品料理のおかげかお腹は満足。
しかし、二人ではやはり食べきれなくて彼女は少しシュンとしていた。
そんな仕草も可愛らしくて、愛しくて。
足下の緑色の絨毯は熱を吸い取り、酸素を吐き出す。
風に指揮され、さわさわと揺れているそれは音を奏でた。
僕と静、お互い言葉は出ず沈黙が続く。
しかし、それは気まずいなんてことは微塵も感じさせず心地よいものだった。
心地よいもの、居心地のいいもの。
やはり、そういう類のものはすぐに壊れてしまう。
だから何度も願った。
時よ止まれ。
腰の辺りで一つにくくってある流れるような黒髪。
それにハえるように燃え盛る烈火のカチューシャ。
整った顔に綺麗に通っている高い鼻。
少し吊り上がって目つきの悪い大きな瞳。
綺麗な言葉を紡ぎ出す血色のいい唇。
白を基調とした服。
静をとりまく全てが彼女を引き立てて、色を付ける。
いつまでも、いつまでもその姿を見たい――いや、静と一緒にいたい。
そう思わざる負えなかった。
ふと彼女がポツリ、僕の名を呼んだ。
なに?っと答えると静は笑って答える。
「呼んでみただけー」
「なにそれ」
ただなんでもない行為に幸せを覚えて、僕はクスリと笑う。
「なんで笑ってるのよ?」
そう言いながらも彼女もまた天使のような微笑みを顔に含んだ。
「なんでもないよ」
一瞬、風がやんだ気がした。
「静?」
今度は僕が小さく彼女の名前を呼ぶ。
小さく小さく呼ぶ。
聞こえてるか確かめるために、気づいてるか確かめるために。
気づいてる? 静?
――僕の心に。
「なにー?」
彼女はウフッと笑って答える。
そしてそれを聞いた僕は呼んでみただけって笑って言う。
「私の真似ですか? 山崎さんよ」
「あなたの真似ですよ。 泡沫さんよ」
「そうですかー」
嬉しそうに。
僕も嬉しくて。
楽しそうに。
僕も楽しくて。
だけど、そんな時間はすぐに終わってしまう。
その前振りかのように止んでいた風がまた強く吹き出した。
花は揺れ、髪が揺れ、草は揺れ、空は揺れる。
そして、共鳴するかのように後ろの草むらが大きく草のなる音がした。
急速旋回、確かめるために振り返って見ると僕の背後にはボロボロの背の高い男の人が倒れていたのだった。
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