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うつぶせで倒れている黒髪の男性。
その身に付けている灰色のスウェットは草や木の葉によって彩られていた。
神出鬼没、急に現れたその男性はうつぶせのままなにも動きはせず、なにも言わなかった。
後ろでは静の息をのむ声が聞こえ、やけに痛いほど心臓の音がうるさい。
「……あ、あの! 大丈夫ですか!?」
僕は無意識に震える声を必死に絞り出す。
一番最悪のシーンが脳裏に鮮やかに再生され、背中に冷たい何かが流れる。
こんな時にでも太陽は僕らをさんさんと照らしていたし、風は優しく爽やかに僕らを吹き付けていた。
しかし、呼びかけになんの反応も見せないその人の存在は僕の心に雲を広げ始めていく。
「おーい! 大丈夫ですか?」
今度は耳元で。
叫ぶまではいかないがかなりの声で呼びかける。
それでも、彼はうんともすんとも言わないしリアクションを見せない。
「……勇」
不安そうに呟いた静が僕の服を掴んだ。
そんな彼女の大丈夫と安心させたかったのか、僕はそのひんやりと冷たい手をギュッと握る。
いな、彼女を手を握ることで心の安定を計りたかった僕が彼女のいやにひんやりする手を僕の震える手で掴む。
最後に一回、僕は叫んだ。
それも耳元で。
やっと、その男の人はその声に反応して魚のようにビクンと体を跳ね上がらせた。
そして、かすれた小さな小さな声で呟いた。
「―お――なか―す――い―た――」
その声を聞いた僕らは顔を見合わせる。
その時の静は少し呆れたように顔をひきつらせていた。
きっと、彼女の目の中でも僕が顔をひきつらせているのだろう。
そう思いたい。
***
「いやー、ごちそうさん。 食べた食べたヨ」
少し訛り気のあるその言葉を紡いだのは先ほど倒れていた男性。
目の前に余った弁当を差し出すと犬のようにむさぼりついたのだった。
「ありがとネ、本当に。 このご恩は一週間は忘れないヨ!」
砕けた口調でワハハと笑う彼を見て僕は呆れて息を吐いた。
「何故、あんな餓死寸前のところまで?」
見知らぬ人、年上の人には敬語は使わないといけない。
しかし、目の前の男には使わなくてもいい気がした。
「おやおや? それはもしかして皮肉ってマス?」
無精ひげをさすりながらニヤニヤする彼に対し、僕は二度目のため息をついた。
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