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僕を走り出した。
我ながら馬鹿げてると思ったが、どうにも体は止まらない。
そして、手を取った。
彼女の、その柔らかくて華奢で白い手を。
細やかな指、握り込む。
柔らかい感触、握り込む。
「ちょっと勇!? なにをする気?」
静が驚いた顔でこちらを見たがそんなことは今の僕にとっては些細なことだ。
僕は逃げるよと小さく吠えると、手を取ったまま走り出した。
視界の隅で動いてる播磨さんが見える。
彼にもさっきの言葉が聞こえていたらしく、すんなりと僕に従ってくれた。
流れる景色に肩に切られる風。
意識は手に包まれた彼女の柔らかい手のひらだけ。
どこに逃げるだとかこれからどうするかだとか、考えることなどなく僕はただ走った。
僕はただただ走った。
たまに後ろを振り返る。
彼女の腕がちゃんと繋がっているかを確認するために振り返る。
異常にまで冷たい手のひらの温度の何度も何度もゾッとするから。
その軽い軽い手のひらに幾度も幾度もゾッとするから。
***
揺れる視界がさんさんと輝き、耳元で風のなる音がする。
どこへ向かっているのだろう。
コーヒーカップ、メリーゴーランド、フードコート、シアター、絶叫系コースター。
たくさん通り抜けた。
どこへ向かっているのだろう。
中高生カップル、子供連れの家族、ご老人夫婦、スーツの男たち。
たくさん、たくさん通り抜けた。
どこへ、どこへ向かっているのだろうか。
流れ出る汗が上着を濡らし、締め付けられた肺が苦しい。
足に上手いこと力が入らず、ふらふらだ。
後ろから聞こえる息遣いもとても荒く、体力の限界も近いようだ。
僕らは一度その場に尻もちをついた。
遅れて、播磨さんがこちらへ走ってくる。
ゼエゼエと激しく息を吐き、一張羅であろうスーツを横に抱えた彼。
中に着ていた白いカッターシャツは汗で湿り、中に着ていたアンダーが透けて見えていた。
どれだけ暑いものを着ているんだ……。
僕は呆れてため息混じりに笑おうとしたけれど、口から漏れた呼吸音と唇の動きはとても笑っているようには思えなかった。
仕方がない、暑いのだから。
仕方がない、走ったのだから。
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