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わけのわからない達成感と疲労感を手にした僕は疲れた笑いを浮かべた。
「ここまで来たら一安心かな?」
「そうだネ、あれだけ縦横無尽に駆けて来たんだ。そう簡単には見つからないサ!」
「……勇」
静が低い調子で僕の名前を呼んだ。
「なんで逃げて来たの?」
「なんでってーー」
ーー静が傷付くのが見たくなかったから。
そう言おうと思ったが、少しの恥ずかしさがその言葉を空っぽにした。
僕の口から音のない言葉が漏れ、口元がパクパクと動く。
「……私は、私ならあそこを切り抜けられたわ 」
彼女のその黒い瞳が僕を真っ直ぐに捉えていた。
少し吊りがちで、睫毛が艶めかしく長いその目。
その中にいる僕がこちらを向いていた。
「僕はただ静を守りたかっただけよ」
「余計なお世話よ」
そうバッサリと切り捨てる彼女。
一体彼女は今、何を思っているのだろうか?
むしろ今、僕は何を思っているのだろうか?
静の後ろでは播磨さんが苦々しい顔で眉をひそめていた。
「静は多分、自分のことをよくわかってないんじゃないかな?」
「どういうことよ?」
「静は僕のことがほとんどわかっているだろ? それでも、静は自分のことを知ってないんだ。自分がどんな人間なのか、見えてないんだよ」
「……どんな人間かって? 私は私じゃない!」
静が激しく言葉を吐き出した。
無意識なのか彼女の白い手は小刻みに揺れ、目線は僕以外の宙を舞う。
「静が言う私っていうのは今の君のことかい? それともいつもの君のことかい?」
「何をわけわからないことを言っているの!? 全部全部が私じゃない!」
「静、君は何者だ?」
「普通の人間よ」
彼女の震えが伝染したのか僕の足まで震えてきた。
冷たい風が向かい合った僕らの間を通り抜ける。
その風はどこまで行くのだろうか?
「違うよ、静。 君は超能力者だ」
僕がそう言うと静は黙った。
こちらを睨みつけるように眉をひそめながら、唇を噛んだ。
「超能力なんて私たちの中では普通じゃなかったの?」
「普通だったさ」
「じゃあーー」
どうしてそんなことを言うの、と呟いて彼女はうつむいた。
とても、とても泣きそうな顔でうつむいた。
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