ウェイターは脇役……のはず

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おばさんは顔を上げて、申し訳なさそうに笑った。 「……実演販売…。素晴らしかった。ありがとう」 「いえいえ。俺はマニュアル通りに運んだだけですから」 実は実演販売、全くもって知らないわけではなかったんだよな。 事前に湯タンポの説明書を渡されていたってわけで。 その時点で、あれ?何で俺こんなもん渡されてんの?ん?って思ったから。 「あなただから……清和も斗羽も夫も、そして私も、救われたのね」 そんな大層な。 どんだけ俺を買いかぶってんの。 俺は頬を引きつらせて、ハハと乾いた笑いを浮かべる。 「俺のおかげってほどでもないけど……家族がようやく家族になって、良かったですね」 「………っ!…あ、ありがとう…ございます」 おばさんは、今までに見たことの無い満面の笑みだった。 うん、すごく良いことした気分だな。 「……あー、俺ってかなり格好良いですよね会長」 「その台詞さえなければな。ほら、行くぞ」 「だから降ろしてくださいって!」 俺の反抗も虚しく、会長は俺を抱き上げたまま歩き始めてしまった。 「ったく、会長は何考えてんだか…」 「周りの目よりもまずはお前の安否からだろ」 顔色ひとつ考えずに答えた会長に俺は思わず噴き出しそうになる。 「会長ってモテるでしょー…」 「今更だな」 周りが俺たちをびっくりして凝視する中、会長は何食わぬ顔で歩いていく。 俺はもう諦めて、ため息を吐いた。 ああ、駄目だ。酔いが回ってきたようだ。 「………っ!山田…?」 「会長…肩、借りますよ…」 俺は目を閉じて会長の肩にもたれかかった。 あー、こうすると結構楽かもしれないな。 「お前……酔ってんだろ」 「んー……。酔ってますよぉー」 「山田、酒に弱かったのか…」 会長がハアと息を吐いた。 あー、フワフワする。ボーッとする。もう何でも良いや。 「山田、とりあえず着替えるぞ」 会長がウェイターの控え室に入っていった。 うわ、俺ウェイターの仕事ほったらかしてんじゃないか。仕方ないっていったら仕方ないんだけども。 給料は落とされるのかな…。ああ、それって俺ワインぶっかけられ損だわ。 「会長ー、俺給料欲しいです」 「何言ってんだお前は。心配しなくてもやるよ」 「わーい、会長やっさしー」 「………お前、一体誰だよ…」 会長はもう一度大きくため息をついた。
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