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「ふむ…。お前の言う事にも一理あるな。」
「それがお解りでありながら、何故水蓮を葵様のお側に近付けるのですか?俺には解りません…。」
納得がいかない様子で俯く焔の表情に、愁は何も言わずにじっと彼を見つめていた。
居心地の悪い沈黙が数分続いた後、愁は厳しい表情で立ち上がった。
「お前に見せたいものがある。…ついて来い。」
…厳しい顔の頭領に連れられてやって来たのは、いつも鍛錬をしている里の広場。
すっかり暗くなってしまった広場に人がいるはずもないのだが、自分をここに連れて来た当の本人は息を潜めるように物陰に身を隠している。
「頭領?何を…。」
「いいから、気配を悟られぬようこちらに来なさい。」
言われるがままに愁の隣に近づくと…誰もいないはずの広場に人の気配。目を凝らしてみれが、丁度雲から顔を出した月が柔らかな光で辺りを照らす。
「…あれは!?」
焔はその光景を見て驚いてしまった。暗闇の広場で一人、鍛錬をしている者がいる。それは彼が信用できないと言った水蓮その人であった。
「何故…こんな時間に一人…。それならば修練の時間にきちんと稽古をすればいいものを。」
「焔。水蓮はな…ある日俺にこう言ったんだ。『たとえ稽古と言えど、同じ里の仲間相手に本気は出せない。傷つけたくない。』…とな。」
「え…っ!?」
驚いた焔が愁の顔を見上げる。自分を見つめる頭領はいつになく真剣な眼差しで…さらにこう付け加える。
「だからこうして、毎日一人で稽古を積んでいるんだ。これならば誰も傷つけずにすむ。本当は誰よりも優しい娘なんだよ、水蓮はな。」
「……。」
愁の言葉に対して、焔は何も答える事が出来ずにいた。自分が知らなかった水蓮の胸の内。いや、知ろうともしなかったと言った方が正しい。
「お前は真面目で実直だ。だが、物事を真正面から見るだけではその物事を真に理解しているとは言えない。」
「頭領…。」
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