第一夜 背徳の賢者(アデプタス)

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1936年ベルリン 煤けたような鉛色の空の下、ベルリンの街中を一台の黒塗りの自動車が走り抜けていく。 「ありがとうヴィクトリカさん。わざわざ僕を送ってくれて」 窓の外、高速で流れゆく街並みには目もくれず助手席の若者が運転手に礼を述べた。 若者は年の頃二十歳前とみえる。 青みがかった淡い髪の穏やかそうな青年だ。 「なに、礼は要らないよハンス君。たまたま君のアパートの前を通り掛かったものだからな」 運転手-ヴィクトリカと呼ばれた女は煙草をくわえたまま目を細めた。 ヴィクトリカの方はといえば、彼女はショートの黒髪の中性的な美貌を持つ女性である。 しかも、その身に纏うのは男物のスーツ。口調まで男前ときている。 まさに男装の麗人という形容が相応しいだろう。 「ありがとう。ところで今回の仕事はどんな感じなの?」 青年-ハンス・ヴァン・リーフェンシュタールは、穏やかな笑みを謹厳に改めると、そう尋ねた。 「・・・最近ポツダム(ベルリン近郊の街)で猟奇殺人が続いてるのは知っているね? それが〝夜魔(ナハト・イエーガー)〟の仕業だと判明したんだ。 ・・・それで私達〝鉄十字機関(アイゼンクロイツ)〟の出番というわけさ」 ヴィクトリカ・フォン・レーヴェンフェルトはハンドルを切りながら憂愁に満ちた瞳でハンスを顧みた。 「あれが・・・やっぱり異常だとは思ってたんだよね」 「さあ、時間が押してる。少し飛ばすからしっかり掴まっていろ!!」 よく通るハスキーな声で命じると、ヴィクトリカは思い切りアクセルを踏んだ。 タイヤが悲鳴にも似た高音を張り上げた直後、黒の車体は弾丸にも似て石畳の道を猛進した。
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