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「ヴィクトリカとハンスは未だ見えないのかね?
総統閣下はご多忙の身。
一分たりとも無駄な手間を取らせてはならんと言っておろうに・・・」
ここは、〝総統官邸〟
第三帝国(ナチス・ドイツ)の元首にして悪名高き独裁者アドルフ・ヒトラーの居館の地下に設けられた大会議場。
老紳士は、眉を寄せ、苛立たしげに吐き捨てた。
「ハウスホーファ-教授。
皆を召集したのは私の一存である。
彼らを責めるのは角違いというものだろう」
老紳士-カール・ハウスホーファ-を宥(なだ)めるように張りのあるバリトンが響いた。
声の主は、きっちりと分けた髪に小さな口髭をたくわえた四十後半と思しき男だ。
彼こそが、第三帝国の総統アドルフ・ヒトラー。
第一次大戦後の悪性インフレによってボロボロとなったドイツを、極端な反ユダヤ主義と極右の過激思想で建て直さんと計り、民衆の支持を得た彼はナチ党による独裁体制を確立し、
自ら国家元首である〝総統〟の地位に就いた男である。
「まあ、ヴィクトリカ達ならばすぐに来るだろう。
諸君も私に気を遣わずに、コーヒーでも飲みながらくつろいでくれ」
彼は、過激な思想と演説のスタイルからは想像もつかぬ程の穏やかな態度でコーヒーを一口啜った。
「ふむ。閣下がそうおっしゃるならば何も言いますまい」
老いてなお鋭く輝く双眸を細めると、ハウスホーファ-はヒトラーにならって卓上のカップを口許に運んだ。
まさに、その刹那。
バタン、と荒々しく会議室のドアが開け放たれた。
「アディ君、ハウスホーファ-長官。
ヴィクトリカ・フォン・レーヴェンフェルト只今参りました」
「申し訳ありません。ハンス・ヴァン・リーフェンシュタール只今参りました」
ドアの向こうから慌ただしく駆け込んできたのは、話題の渦中にあった二人だ。
二人は遅参の詫びもそこそこに、各々の席に着席した。
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