第一夜 背徳の賢者(アデプタス)

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下弦の月は朱く輝き、漆黒の空はこれより始まる惨劇を予告するかのように不吉な色彩を孕んでいた。 「嵐の夜半に馬を駆るは誰ぞ・・・」 ハウスホーファーは窓際より夜空を眺め、低く呟いた。 「何だね?それは」 紫檀の執務卓の上で指を組み、ヒトラーは訝(いぶか)るように問うた。 「ゲーテの詩文ですよ。題を魔王という。 ・・・この文句の通り、今宵は嵐になりそうですな」 品よく整った白い口髭を弄りながらハウスホーファーは総統へ視線を向ける。 「〝夜魔(ナハト・イエーガー)〟と我が〝鉄十字機関(アイゼンクロイツ・リッター・オルデン)〟の闘いを嵐と呼ぶかハウスホーファー教授」 ヒトラーは皮肉げに微笑み、反問する。 「少なくとも、私はそう考えていますぞ。 閣下が〝鉄十字機関〟を創設なさった二年前から〝夜魔〟との闘いの日々は、まさに嵐と呼ぶにふさわしい」 「ふん、確かに違いあるまい。 だが、我々は闘わねばならんのだよ。 人々を喰らう忌まわしき化物どもと」 ヒトラーの瞳に宿る光、それはまさに燃え盛る闘志の炎であった。 アドルフ・ヒトラーが創設した〝鉄十字機関〟とは、〝夜魔〟を滅するためにヒトラーが国内から召集した魔術師で構成される総統直属の秘密機関である。 そして、〝夜魔〟とは己が欲望に魂と身を蝕まれ、人の血肉を喰らう魔物に身を堕とした魔術師達の事だ。 ヒトラーやハウスホーファー長官率いるヴィクトリカら〝鉄十字機関〟はそれらと闘い続けているのである。 激動する歴史の闇で繰り広げられたこれらの魔術師の記録は今や消え失せてしまった。 物語はこれより、そんな闇の歴史-すなわち血と魔術の戦史を追っていきたいと思う。
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