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天高く煌めく月は赤々と、吹き抜ける夜風には饐(す)えた臭いが混じる。
格調高き街ポツダムは闇の中、不吉な静寂に沈んでいた。
彼方に見えるサンスーシ宮殿の壮麗なシルエットも、夜となっては凶々しい威圧感を与うるのみだ。
「良いか、私が三つ数えたら突入する」
ポツダムの繁華街の裏手、じめじめとした狭い裏通りに面した一件のあばら屋の前に、三つの影が佇んでいた。
その中で、あばら屋の戸口に身を寄せた者は静かに命じた。
「勿論だよヴィクトリカさん」
「ったりめーだろ。早く突入しやがれよ。
俺は眠いの、分かる?」
背後に控えた二人の、いつも通りの答えに影-ヴィクトリカは唇を吊り上げた。
「ハンス君、ギュンター君。準備は良いな?・・・三、ニ、一 ・・・!!」
バキッ、という渇いた音が静寂を破った。
「神秘主義者ワルター・ゲオルゲ!!
我々〝鉄十字機関〟は、上意により貴様を〝夜魔〟として殲滅する。
大人しくその首を差し出せ!!」
ドアを蹴破って室内に侵入したヴィクトリカは高らかに処刑宣告を読み上げた。
「おーい、出てこいや。反抗したって無駄だ、出てきてとっとと死にやがれ」
続いて、軍服姿の赤毛-ギュンターも挑発的に呼び掛けた。
「・・・大した自信じゃのう〝ナチスの狗ども〟
おい、誰を殺すって言ったんじゃ?」
部屋の奥、蟠(わだかま)った闇の奥から響いた声は、嘲弄の響きを含んでいた。
やがて、闇の中より姿を表したのはフード付きの長衣を纏った老人であった。
「家主のお出ましだな」
不敵に呟き、ヴィクトリカは煙草をくわえてマッチを擦る。
室内に立ち込める血と薬品の臭いに、濃密な紫煙の香りが混じった。
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