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それから少し歩くと、甘い香りが僕の鼻腔を掠めた。
「着いたぞアリス」
「何だい、チェシャ猫。今君はアリスと言ったか?」
お菓子の甘い匂いをまといながら、一人の青年が近づいてくる。
深く帽子をかぶり顔はよく見えないが、なかなかにいい声をしている。
よく響くテノール声だ。
そして、僕はその華やかな装飾の施された帽子と、奇抜なスーツ姿の人物には見覚えがあった。
「あ、あなたは…マッドハッター!?」
「あぁ、はい。…そうだよ」
やはり、僕の予感は正しかったらしく帽子屋、マッドハッターが恭しく頭を下げた。
「よろしくね、アリス……」
頭を上げ挨拶はするが、マッドハッターは僕から顔をそらす。
僕にはその理由が分からず、首を傾げチェシャ猫を見上げた。
「うちのマッドハッターは恥ずかしがり屋でね。可愛いアリスに会えて嬉しいのさ」
「か、可愛いって…男の僕に言われても……」
「…そ、そんなことないよ。十分…アリスは可愛い……」
相変わらず目をそらしたままマッドハッターがぼそりと呟いた。
声が小さくて後半部分は聞こえなかったが。
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