1:Run fast in the Main Street.

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 色々な意味で、怒りやら苛立ちやら、その他不快系な感情に振り回されるミウ。非常識的な行いの前に、感謝の心がくすんでしまったと言えようか。言い過ぎた。  だが一通りの雑言を並べ立てたところで、彼女も少し落ち着いて来た。荒い語調は徐々になりを潜め、速度もゆっくりとしてくる。 「全く……全くもう……ていうかさ、アイポンて何よ?」 『ああ、自分の愛称。友達は大体そう呼んでる』 「友達って……もう友達認定されたのね。いや、一応ありがとうとは思ってるけどさ……」 『そう思って貰わないと、割に合わないね。あともう一つ』 「……何?」  やはりアイルのペースに掴まされる会話だが、そこで更に、彼女から告げられる事があるらしい。ミウは首をかしげ、顔に疑問符を浮かべると共に、身構えた。 『着替える時には注意しろよ』  アイルが言い放ったのは、その一言だけだった。  数秒、沈黙があり、真意を悟ったミウは焦って立ち上がった。そして部屋の窓の向こうへ、顔を向ける。少し離れた所に、手を振っている人影があった。 「……ボケェ……」  間髪入れず、ミウは電話を切り、窓のカーテンを閉める。そうして暫し、呆れた顔で立っていたが、やがてベッドに転がった。一気に、疲れが自分の上にのし掛かってきたような感じがした。 「……なーにを考えてんだか……あの人は……」  蛍光灯を見上げ、彼女は脱力感たっぷりに呟く。やたらと吐いてきた溜め息が、精力が漏れでるかのように再び吐き出される。  疲れに任せ瞼を閉じると、そこに像が浮かんできた。今日初めて出会った、考える度、変わった人だと思えてくる人の像だ。 「……アイポン……ぷっ」  その時彼女は、自然にその呼び名を口に出していた。そして、単純に、笑った。 「似合わないし……ふふふ……」  純粋にして穏やかな笑顔が、彼女に浮かび上がっていた。  彼女が聞いた愛称、その子どもっぽい響きと、真面目腐ったと言うかクールと言うか、ともかくその顔付きとのギャップが原因だ。ミウはとにかく、笑わずにはいられなかった。 「ミウー?ちょっと手伝ってくれなーい?」  そこへ、母の声が飛んでくる。彼女はいい笑顔のまま、ベッドから身を起こした。 「あ、はいはーい」  いつも以上に素直な返事を、彼女は返した。携帯もバッグも、ベッドに投げ捨てたまま、彼女は台所へ下って行った。
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