2:The mind is capricious.

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 ぎょっとして振り返った男性が見たものは、暗がりに立って自分の肩に手をあてる、一人の女性だった。  いや、ただの女性ではない。街灯がほのかに照らす、その左目には、白目の部分が見えない。全体が黒く、そしてこちらを貫き通すような目力を発している。 「少しお尋ねしたい事が……っと」  彼女が言葉を言い終える前に、もう男性は手を振り払って立ち去ってしまっていた。正に脱兎が如く、一目散に逃げ、闇に紛れる。ただ、彼女が最後に見た限りでは、その表情は焦りビビりパニクりまくっていた。たぶんその後コケた。 「……大丈夫でしたか?」  女性は左目だけを閉じ、先を歩く女性の方へ近付いていった。その彼女の方は、肩を撫で下ろしたように、背を曲げ、全身から集めたような溜め息を発した。 「はい……ここまでして下さって、ありがとうございます」  二人の女性が向き合い、一人が頭を下げた。そちらの方、髪が長く華奢な印象の女性は、手も足も少し震えており、緊張や怯えが見られた。 「ひとまず、粗方の裏は取りましたが……もし続くようなら即座に通報しますので、連絡下さい」 「どうもすみません……」  それを気遣ってか、片目の女性は相手の肩に手を当て、少し姿勢を屈めて顔を見た。彼女の手は落ち着いており、次いで、緊張をほぐすように笑みをかける。  すると、相手の方もまた、微笑みを浮かべた。無くした預金通帳を偶然棚の隙間から見つけたかのような、漸く安心を得られたという笑みだ。この例えが適切なのかは知らないが、とにかく安らぎを感じていたのだ。 「それにしても……お仕事、早いんですね。お電話したのは今朝なのに……」 「それほどでも。では、家の方に送りますよ」  称賛の言葉を謙遜で返しつつ、片目の女性と長髪の女性は歩き始める。どこへ向かっているかというと、長髪の女性の家へだ。  が、女性が期待した事とは、事情が少し異なっていた。『送る』という言葉が持つニュアンスと違い、二人はそのまま歩き続けていた。 「……車、持たれてないんですか?」 「ええ、免許持ってませんから」  不躾と思いつつも長髪の女性は尋ね、それに対する答えは実に単純なものだった。  一拍開けて、女性は軽く笑う。いや、確かに車で送ってもらった方が安全なのだろう。それを単純明快な理由で却下し、同行という形で対処する彼女に、普通に好感を抱いたのだった。
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