1:Run fast in the Main Street.

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 とそこで初めて、少女は相手の顔をまじまじと見た。その人は、どこか中性的でシャープな顔立ちをした、ショートカットの人だった。声からして女性だろうが、遠目なら男性と言っても分からないかも知れない。髪色は暗い茶色で、前髪も目にかからない短さとなっている。  しかし最も注意を引かれたのは、その目だった。黒っぽい右目は、眼光鋭く少女を見つめていたが、左目はなぜか閉じられていた。別にウィンクしているわけでもなく、ずっとつむっているらしい。病気か何かか?と少女は思った。 「……落ち着いた?」  再び、何秒かの静寂があった後、その女性は尋ね直した。その顔は、右目の力強さの割に、どことなく無気力で無表情だ。 「これからは気を付けなよ」  漸く、女性は手を離した。そうするが早いか、体を別の方向に向け、去って行こうとする。 「あ……あの!」  しかし少女はその横顔へと声をかけ、女性を引き止めた。女性はくるりと向きを変え、足を止める。 「あな……」 「自分は『アイル・ポンデケージョ』と言います。何となく危ないと感じたから、君を止めただけ。君のお名前は?」  なんと、女性は顔を向け直した瞬間、少女が尋ねたいと思っていた事をつらつらと言い始めてしまった。彼女の名前、なぜ自分を助けられたのか、それらを簡潔に答えられた上、質問まで返されたのだ。 「えー……『ミウ・コワーサン』です。本当に、ありがとうございました!」  一瞬怯まされたものの、少女は自己紹介と感謝に成功した。次いで自転車から降り、お辞儀をする。 「いえいえ。じゃ、自分は仕事だからこれで」  そう言って、アイルはそそくさと別れ、元の方向へと歩いていった。思ったよりあっさりとした態度に、ミウはポカンとした顔を残させられていた。  どんどん小さくなっていく彼女の背中を、ミウは見やる。慌てていたせいで注目していなかったが、かなり地味な服装をしているし、体格も普通だ。 「(どんな人なんだろう……?)」  ミウは既に、このアイルという女性に興味を感じていた。何の仕事をしているのか、なぜ片目をずっと閉じているのか。聞きたい事は幾らでも生まれてくる。 「……あ!それどころじゃなくて!」  しかしミウは自分の目的を思い出し、自転車を再び走らせた。焦った表情に戻り、ペダルを勢い良く踏み込む。まれに見る快晴の朝の出来事だった。
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