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その後暫く経って、ミウは学校まで自転車を走らせていた。
スポーツウェアを纏った生徒達が視界に入るが、彼女は校門をくぐらない。その周囲を、地面を見回すようにゆっくりと歩いている。
「……無い……どうしよう……」
呟く彼女の表情には、明らかに落胆が現れていた。学校の塀を一回りしたところで、深い深い溜め息を吐いたのである。
顎を自転車のハンドル部分に乗せ、覇気の抜けた目を浮かべ、だらだらと進む彼女を、後輩達が眺めていた。時刻は午前11時42分。身体的にも精神的にも、どっと来る疲れに覆われていた。
「まさか学校の中……」
ちらりと、ミウの目が校舎へ向けられた。しかし直ぐ様、俯きに変わる。
「だったらまずいよなあ……」
再び、改めて溜め息を吐き、地面を彼女は見る。
しかしいつまでも落ちてはいられない。疲弊した心に鞭を打ち、ペダルをまた漕ぎ始めた。次の目的地へ向け、ゼブラゾーンを渡っていく。
「って、あれ?」
だが交差点を抜けたところで、ミウの目に止まるものがあった。それは一匹の猫、灰色のアメリカンショートヘアであり、別に珍しくも無いが可愛らしく座っていた。
いや、それよりも彼女の目を引いたものがある。その猫の前方50cmで、目を合わせるように屈む、一人の女性だった。
女性は別に猫をあやすでもなく、何か喋ってみるでもなく、ただ無表情に猫を見つめている。そして、その見つめる目は右目だけで、左目はつむられていた。
「朝の……えっと……」
ミウは立ち止まって、今朝起きた出会いを思い出していた。
するとそこへ、何を思ったのか、猫が歩み寄ってきた。彼女も若干怯みながら、自転車のスタンドを立て、姿勢を屈める。猫は彼女の足元にすりより、彼女は思わずそれを抱き抱えた。
「あ」
つい顔に笑みを浮かばせたミウは、先の女性が近付いて来る事にも気付いた。顔を上げ女性の顔を見ようとしたが、その人もやはり屈み、同じ高さで目を合わせる。
「朝の……ミウ……だっけ?」
女性もまた、今朝の出来事を思い出していたらしい。つり目気味の、やはり鋭い右目を向けられるミウだが、睨まれているようには感じなかった。同時に、その人がアイルという名前だった事を思い出した。
「そうです。この子、アイルさんのですか?」
「いや違うけど。ちょっと首のとこ見さして」
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