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「昨日のアレ、見た?『NEW-Mr.ペータン』」
「……へ?」
その時ミウに振られたのは、何の事はない、コメディ番組の話題だった。何かもっと重苦しいような言葉を予想していた彼女は、分かりやすいぐらいに肩透かしを食らった。
「見ましたけど……てか見てるんですか?あたし毎週見てますよ」
「ホント?昨日は……フフ、最高だったよね。フフフ!」
すると突然、無表情だったアイルは一気に笑いだしていた。いや、満面の笑みではなく、目の鋭さはそのままに口元だけが歪んでいるのだが。不気味なのだが。
「じゃーあの回知ってる?伝説のホラ、愛車圧死事件」
「当然知ってますよ。総集編の定番じゃないですか」
「へぇー君分かってるね!いや……ウフフ、嬉しいよ」
そう語るアイルは、本当に嬉しそうな口調になっていた。
ミウとしては、会話が弾んでしまっている事もそうだが、彼女の別の一面を意外に思っていた。つい先程まで、淡々とした、感情の変化のあまり無い人間だと思っていたのが、いきなりこうだ。しかも只のテレビ番組の話題で。
「そーか意外と趣味合うのか……じゃあところでさ、どっか行き着けの店とかある?自分はこっち越して来てから、『サニー・モール』とかよく行ってるんだけども」
「え、あたしも行きますよ。つい昨日も行ってきたところですし」
「そうなの!?いや奇遇だね……昨日混んでたよね」
「でしたねー。どこでも人に押されてたような……」
数分と経たぬうちに、他愛も無い話で二人は盛り上がっていた。朝の劇的と呼んで差し支えない出会いから、再会を経て、一気に距離が縮まっていたのだ。
しかしミウが驚いていたのは、アイルの側から打ち解けようとしてくれた事だった。その笑顔も、真面目な顔とのギャップのため、それだけで笑いの種になってしまう。
更に話は弾み、最近読んだ雑誌とか、日常の些細な驚きとか、心底どうでもいいギャグとか、色々な話題が出てきた。こうも見ず知らずだった人と話し合えるのか、という無粋な考えは、既にどこかに置き去られていた。
「あはは……アイルさんて、結構面白い事言いますね」
「よく言われるさ。外はさっくり、中は柔らかって」
「どこの料理ですか」
会話はすこぶるノリを高め、運ぶ足も自然と進む。時間にしておおよそ12分は経っていた。
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