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「大丈夫!?ちょっと!?」
「……うん……こんぐらい平気……」
すぐそばで大きな声をかけるミウだが、別に気を失っているとかは無く、少しホッとした。
そして、アイルは無事だった猫を抱え起きようとしたが、その時、ミウの目に衝撃が飛び込んできた。何と、アイルは両目を共に開けており、その左目には不自然なものを感じさせた。眼球全体が瞳のように黒くなっており、サイズも右より少し大きく見えたのだ。
ミウはぎょっとしたように、絶句とでも言うべき反応を取らされた。そのため、一瞬沈黙が生まれる。アイルも、両目が開いたままになっている事を思い出したのか、慌てた風に素早く閉じた。
「あ……あの……」
そこで、先程から口を挟めなかった青年は、いかにも自信無さげな声を上げた。彼は既に自転車を降りており、背中を曲げ、申し訳なさそうにアイルを見つめている。
「あー……だ、大丈夫だから、自分は。行っていいよ、気にしないで、ホラ」
一方、明らかに動揺した口調ながら、アイルは立ち上がった。平気そうに喋ってはいるが、上着の背中には、タイヤの後がしっかりと残っている。黒っぽい服だったというのに。
やはり自信無さげに、青年は頭を下げ、そそくさとどこかへ行ってしまった。それを見送る二人。欠伸をする猫。言葉なく時が過ぎていく。
「……」
「……」
「……あ~っ、痛っ……たぁ~っ……」
彼の背中が完全に消えた瞬間、アイルは溜まっていた物を吐き出すように言った。そして猫をミウへと即座に預け、腰から背中にかけてを押さえる。
「跡出来てるかなコレ………あぁあ~っ……無茶した……」
格好良く飛び出して、猫を守った割には、妙に情けない姿勢と台詞を彼女は作っていた。もっとも、ミウの心にそのような印象は残されていない。猫が気まぐれに逃げた瞬間、こんな行動を取れる人間が、果たして居るだろうか。
「(予測したんだ……この人は……最悪の結果を想定して……)」
塀に寄りかかって背を曲げるアイルを、ミウは、ただならぬ物を見る目で見つめていた。それとともに、朝の出来事と今を照らし合わせ、改めて心を震わせていた。ますます、一体どんな人間なのかと、純粋に知りたくなって来ていたのだ。
「……フぅ~……じゃ、再出発……するか……」
漸く落ち着いて、アイルは体をミウへ向けた。その顔は、元の通り、左目を閉ざしたものだった。
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