一*爽やかな季節の中、想いは募る

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「へへっ、今日もデッサン、一枚おーわりっと!」  放課後の美術室。  わたしはいつものように教室の一番後ろの窓際を占拠して、日課としているデッサンをしていた。  窓の外は気持ちがいいくらいの五月晴れ。  さわやかな風が吹いている青空の下でクラブ活動が行われている。  そして、わたしの視線の先には……。 「うーん、今日のは六十五点かな」  突然の声に、わたしは驚いて飛び上がった。  そのせいで手に持っていたデッサン用のクロッキー帳を投げ飛ばしてしまい、それは床の上に音を立てて柔らかく広がり、鉛筆は足下にころころと転がった。 「うわっ! 気配なく近寄って後ろから声をかけるの、やめてよ!」  抗議の声を上げ、振り返る。  茶色がかった柔らかそうな少し長めの髪、黒の細めフレームの眼鏡、その奥に意地悪な光をたたえる焦げ茶色の瞳。  見慣れた顔に、わたしは思わずため息をつく。 「巡(めぐる)、いきなり声をかけるのはやめてよ」  そこには、中学校からの腐れ縁で一つ上の先輩である皆本(みなもと)巡が立っていた。 「ここに入ってくるときに挨拶もしたし、奏乃(かの)って呼んだのに、気がついていないそっちが悪いんだろ」  巡は手に持っていたクロッキー帳でわたしの頭をはたき、眉をひそめた。 「毎日、熱心にサッカー部をデッサンするのはいいけど、ここからだと遠すぎだろ。そんなので上手になるのか?」  巡はわたしのクロッキー帳を拾い、めくってみている。  改めてそうやって見られると、かなり恥ずかしい。
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