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「巡、決めたよ」
「お、優柔不断の奏乃にしては、決まるのが早かったな」
「もうっ」
巡の腹立たしい言葉は無視して、どういう絵にするのかを決めることにした。
目を閉じて、脳内におさめている土井先輩の姿を思い出す。
シュート練習をしているところ、フィールド全体を使ってドリブルの練習をしているところ。
一枚の絵にした時、どれもインパクトに欠ける。
だったら、と五月にやっていた練習試合の時のことを思い出す。
フィールドの一角に出来た、人だかり。
それを切り裂くように現れた、赤いゼッケンをつけた土井先輩。
なんとなく頭の中に構図が浮かんだので、あの試合があった頃のデッサンを改めて見返す。
練習試合当日のデッサンは、いつものようにシュート練習をしている一コマを切り取ったもの。
次の日のデッサンも、やはり同じようなものを描いている。
あのカットした時の場面を次の日に思い出しながらでも描いていなかったのが、悔やまれる。
「新しいクロッキー帳、買いに行ってくる」
隣で宿題をしている巡に声を掛けると、ノートを閉じて、立ち上がった。
「あ、オレも行く。ノートがなくなりそうなんだよな」
わたしと巡は並んで、購買へと出かける。
夏休みにもかかわらず、購買は午前中だけ開けてくれている。
わたしたちのように朝から部活をしている生徒のためだという。
「あ、ついでにパンも買っていこ」
巡はすぐに目当てのノートを見つけたようで、手に持っている。
わたしは購買の隅っこに行き、ここで買うのは何冊目になるのか分からないクロッキー帳を手に取った。
お財布の中を見て、ぎりぎりのお金しかないことを知り、ほっとするようながっかりするような複雑な気分になった。
高校に入学してから、お小遣いのほとんどをクラブ活動に費やしている。
どうしても足りないときはお母さんにこっそりとお願いをして出してもらっているんだけど、それがもしかしたら、お父さんにばれてしまったのかもしれない。
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