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「ここで奏乃ががんばってこれよりもっといいものを描いちゃえば、こんな卑劣なことをやった人間の鼻を明かせると思わない? あーら、それってなんだかすっごく爽快!」
お母さんの楽しそうな声に、わたしは顔を上げる。
目の前には、にこやかな表情をしたお母さんがいた。
「いつまでも泣いていたって、仕方がないでしょ? このまま泣き寝入りしたいのなら別にいいのよ。だけど、せっかくここまで頑張ったのを無にされたの、悔しくない? ここで諦めたら、負けちゃうのよ」
お母さんはわたしの前に立ち、優しく頭をなでてくれた。
「軽くシャワーを浴びてきなさい。昨日はお昼からご飯を食べてないんだから、お腹が空いてるでしょ? 昨日の夕飯の残りを準備しておいてあげるから」
わたしはのろのろと浴室に向かい、お母さんに言われた通り、シャワーを浴びた。
それによって、だいぶスッキリとした。
ご飯も食べて栄養が巡り始めてようやく、このままにするのは悔しいと思えるようになった。
もう一度同じ物を描き上げるのは時間的に難しい。
だけどまだ、締め切りまで一週間あるのだ。
ぎりぎりまで粘ってみよう。
お母さんの言葉にようやく、そう思えるようになった。
「学校、行ってくる」
「そう? 気をつけてね」
お母さんはいつものようにお弁当を作ってくれて、わたしに持たせてくれた。
今日も変わらず、太陽が空に昇っている。
地上を照りつけるその光をにらみつけて、挑むように歩き始めた。
しばらくして、背後に気配を感じる。
「奏乃、おはよ」
いつものように巡が声を掛けてきた。
「おはよ」
はれぼったい顔を気にしながら、わたしは振り返る。
心配そうな表情をしている巡に対して、引きつる顔にどうにか笑みを乗せる。
「間に合うかどうか分からないけど、わたし、また描くよ」
「……そっか」
巡はそれだけ言うと、わたしの横に並んで頭をなでてくれた。
大きくて暖かい手にまた涙が出そうになったけど、ぐっと我慢した。
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