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──すごい。
わたしは今の光景を忘れないうちにとクロッキー帳に鉛筆を走らせる。
巡が土井先輩のドリブルを遮るためにスライディングした場面。
カットできなかった時の悔しそうな表情。
土井先輩を追いかける姿。
並んだ時の表情。
抜き去った時の二人の表情。
土井先輩がキックしたときの動き。
得意げな表情。
どれもこれも素晴らしくて、無我夢中で描き込んだ。
そして気がついたら──巡から借りているにもかかわらず、クロッキー帳全部を使い切ってしまった。
そこでようやく、冷静になった。
「あ……」
借りておきながら夢中になりすぎた。
「奏乃、いい絵が描けたか?」
首からタオルをさげた巡が声を掛けてきた。
「巡……そのっ」
わたしの手の下にあるクロッキー帳を素早く抜き取り、巡は目を細めてぱらぱらとめくっている。
「おっ、すごいじゃん。これだけ描いてくれたら、オレ、頑張った甲斐があるな」
「あの……ごめんね、巡。借りておきながら、その、使い切って」
謝罪の言葉に巡は驚いたように目を見開き、わたしの顔をのぞき込む。
「なにを言ってるんだ。むしろ、描いてなかったら怒るところだ。オレさま自らが身体を張ったのに、奏乃が絵に残してくれなかったら、努力が水の泡だろう!」
それが巡流の慰め方だと知り、涙が出そうになった。
それを悟られたくなくて、わたしは顔を逸らす。
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