天に流るる音 ~十年前~

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   一般的に言う荒人神を甲種荒神と呼ぶ。つまりは人が荒神に変異したものだ。  前に現れたのは十何年も前のことだ。  関西に現れたその甲種荒神によって神世は破られ、その被害は関西大地震として扱われたが。  ――その脅威がこの街にも……?  恐ろしい。  恐ろしいが天音は戦うしかなかった。義務ではなく、純粋に守りたいという心から。 「蓮……もう少しこのまま抱いていてくれますか?」 「! あぁ……」  自分の体を圧迫する力が強くなる。それにつれて自分の中から恐怖が抜けていくのを感じた。  蓮次郎を見る。  自分を地獄の淵から連れ戻してくれた大切な人だ。 「蓮、ちょっといいですか?」 「なにを……って!」  顔を上げた蓮次郎の唇に、迷うことなく自分の唇を重ねる。 「ん……」  しかしそれも一瞬のこと。すぐに天音は立ち上がった。 「これで、いつでも死ねます」 「バカ野郎! 死ぬなんて……言わねぇでくれよ」  泣きそうな蓮次郎を見て、ふふっといつもの笑みを浮かべた後、天音は身を翻した。  巫女装束が風に揺れる。 「では、行ってきます」  その背に手を伸ばした蓮次郎だったが、なにも掴むことはできなかった。 「くそ……おれはまたなんもできねぇのかよ!!」  ぎりりと歯を悔しそうに鳴らすと、蓮次郎は『神世』を降ろすために地下へ向かう。  
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