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ふと、遠い記憶が頭を過った。呆けていると未だにあの時の事が鮮明に、昨日の出来事のように思えてしまう。それだけ、俺の人生に深く根付いているんだろう。
無為な思考を遮るようにトースターから無機質な音が響いた。現実に引き戻される。鼻腔を擽る香ばしい匂いが食欲を駆り立て、遠い記憶は彼方へと霞んで行く。
黄金色の表面にバターを落とすと、表面を滑るように浸透していく。早朝の寒気の中で立ち昇る湯気に芳醇な香りが混ざる。
一口頬張ると、カリカリの食感とモチモチの食感が口内で見事な共演を果たし、空腹に騒ぐ胃を鎮めていく。至福の時とは正にこの事なのではないか。
「おにいちゃん、あたしの分は?」
上下黒のスウェットに身を包んだ加奈が、瞼を擦りながらリビングに入ってきた。
「いつも起きないくせに何言ってるんだよ。焼いてやろうか?」
眠たげに「うん」とだけ返し、流れる黒髪をふわふわと風に遊ばせながら、テーブルの前に座る加奈。
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