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「何時から出掛ける?」
「んー、シャンプーしてー、お化粧してー、着替えてー、んー、十一時くらいかな?」
掃除と洗濯する時間くらいはありそうだな。加奈が普段からこなしてくれていれば俺が休日にやる必要も無いんだが、まあ仕方が無い。加奈に部屋の掃除をさせると泥棒が入った後みたいになるのは目に見えてる。本人に悪気は無いんだから尚更質が悪い。
視界の端に映る時計に意識を向けると、八時二十分を示している。あまりのんびりしている暇は無さそうだ。加奈はというと、ちょうどトーストを食べ終えて満足気な色を浮かべている。
「ほら、さっさと準備しないと時間が無くなるぞ」
自分のペースを崩されるのを嫌う加奈は不満を訴えるが、気にしていたらキリがない。テレビを消し、食べ終えた食器を水で流し、すぐに洗う。世の中には食器洗い機なる便利な物があるようだが、俺にそんな甲斐性があるわけもなく、当然の如く自分で洗う。
寝室から慌しく着替えを調達し、脱衣所に駆け込む加奈。壁の薄いアパートでは扉の向こう側の音までよく聞こえる。恥じらい無く服を脱ぎ捨てる衣擦れの音も、よく聞こえる。
ずいぶんと慣れたが、以前は気になって仕方がなかった。壁の向こうであられもない姿の加奈がいると思えば動悸を抑えるのに四苦八苦したものだ。五年も経てば慣れないほうがおかしいのだろうけれど、慣れというのは恐ろしい物だ。
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