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加藤先輩のフルネームは加藤優と書いて『かとうすぐる』という。
加藤先輩はわたしが入り浸っていた美術部の先輩だった。
わたしの高校の美術部は成績も残しているし中々に忙しい部活ではあるのだが、
顧問の先生は穏やかな初老の先生でわたしが美術部員でなくても、わたしが友達の絵を書いている姿をボーッと眺めていることを怒らなかった。
(もちろん忙しい時はわたしも遠慮する。あの期限前のピリピリした空気は苦手だから)
加藤先輩は青系の絵の具で汚れた白衣(わたしの高校の美術部は年に数回しか使わない白衣を有効活用している)
をワイシャツの上から着て、ヘッドホンでシャカシャカ音楽を聞いているのが一番最初に見た姿でそれは引退までずっと彼のスタイルとして変わりはしなかった。
美術部に入り浸りはじめてから三ヶ月、四人の先輩、二人の同じ学年の部員とはお菓子を一緒につまむ仲になっていた。
そんないつもの部活の中の、土曜日のお昼のあとのお菓子をつまんだ後、加藤先輩が立ち上がった。
「コンビニ行ってくる」
いてら、と皆が見送る中、あ、と声がでた。自分でも驚くくらい声は大きかった。
「あたしも」
中身のつまらない『いってらっしゃいが』身体に染みていく。切ったばかりの髪がどうしてかちょっと気になった。
先輩は一瞬こちらを見たがすたすた歩いていってしまう。待てよおい。
小走りくらいの早さで追いついて、廊下を先輩と並んで歩く。
「ヤマダさん、さぁ」
「…はい?」
話しかけられるとは思わず少し戸惑う。
先輩の声は耳に心地いいな、なんて違うことを考えてしまう。
「なにゆえ土曜日に美術室にいたの?」
「文芸部が午前中ありまして、予想より早く終わったのであります」
ああしくじった緊張していてもこれは変な子だよ。
「文芸部だったっけ?」
「あ、はい」
ふーん……と言いながら昇降口の下駄箱をあけて靴を履く先輩は、何かを思い出したように私を見た。
「部員って今何人?」
靴を履く手を止めて考えた。
「たぶん、四人、ですかね」
「曖昧だな」
先輩が少し笑った。あ、この人、かっこいい。
靴を履き終わったので外に出た。ポカポカした陽気がすごく好きだった。
校門を出て左に曲がると、桜がフェンスの内側に並んでいる。
満開だった。
一瞬、風が強くなった。
桜の花びらが雨みたいに路地に降り注ぐ。
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