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ここは場末の酒場だ。
良い酒はない。小粋なマスターが居るわけでもない。
常連客になるのは稼ぎがなくてカカアもいないような男達ばかり。
そんな場所でさえ彼女の存在が浮くことは“なかった”。
この二年間が少女から感じやすい心を根こそぎ奪っていったのか。
いや、正確にはあの事件が、か。
コトリと彼女の前に琥珀で満たされたグラスが置かれる。
その中身は彼女がかつて愛した、紅茶ではない。
「行くのかい、アリス?」
それを運んできた男が偽りの名で彼女を呼び、問うた。
「貴方なら、分かるでしょう?」
どことなく笑みを含んだその声に男は顔を歪むながら口を開く。
「ああ、分かるさ。君がそれを注文するって言うのは―――そう言うことだ。……僕が言いたいのはね“行くな”と言うことなのさ。2年――いや、1年半、か。相手はその時間を全て準備に費やした……うらぶれていた君と違って。」
男は、片目を瞑り苦々しく吐き出す。
「アリス。君に類い稀なるグラップラーの才能があるのは知っているよ。……だけど、今回ばかりはその君でも危ういぞ。」
「……でしょうね。」
一つ、ため息を吐く。出来るならば触れたくなかったような口調で男は更に言葉を続けた。
「やっぱりか。死ぬつもり……いや、殺されるつもりなんだね、君は。」
今度は、女がため息をつく番だった。
「……付き合いが長いのも考えものね。お互い、隠し事ができないんですもの。」
「まだ、たったの二年さ。君がここに転がり込んで来てから。――もっと長く、付き合うべきだと思わないか?」
「そう――二年。
罪の清算をする覚悟を決めるには、十分すぎたわ。」
グラスを持って女は立ち上がる。それを遮るように男は立ちはだかった。
「行かせないよ、アリス。君が死ななきゃならないなんて、馬鹿げている。」
「貴方が、私を止める?
無理よ、そんなの。」
「出来るかどうかの話じゃない!
僕が君に死んで欲しくない!
だから止めるんだ!」
女は再びため息はきながら、それに乗せるように言葉を紡ぐ。
「……死んで欲しくないから、か。
どうせなら、愛しているから、とでも言えば良いのに。」
「な!?何を――」
一閃、彼女の拳が男の顎を打ち抜いた。
倒れ伏す、男。
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