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「う、卑怯じゃ、ないかな。僕の方が弱っちいのに不意打ちなんて。」
「動いてる相手に手加減するの、苦手なの。」
グラスを干しながら、彼女はそう嘯いた。
一息に嚥下し、空のグラスをカウンターに置く。
そうして、後は無音で席を立つのが彼女の習慣だった。
しかし――今日は長く話しすぎたのだろう。
グラスの中の氷が溶けて甲高い音を奏でた。
その音を背に受けて、彼女は僅かに足を止める。
「嗚呼――このグラスが、ウェディングベルだったらよかったのに。」
「それって――?」
「さようなら、 もう会うこともないでしょう。」
その言葉を最後に、彼女はもう足も止めずに進んで行った。
女は、どこを叩けば相手が倒れるのか知っていたし――――
――――男は、女の過去を知っていた。
だが女も男も、互いに相手が自分のことをどう思っているかは知らなかったのである。
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