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「美空さん。なんてことを…。僕は彼の主治医だ。そしてそれ以上に人間だ。だから言うけど…君は最低なことをしたんだ。」
「一応、反省はしている。」
「反省なんて、無駄なことしないで辺銀君に謝った方がいい。しかし、とんでもないことをしてくれちゃったもんだね~」
雅記の医者らしい顔は初めて見た。
「僕と爺先生が、一生懸命説得してやっとこっちに来たのに、これじゃ逆戻りになっちゃうかも。」
「逆戻り?」
「そっか…美空さん知らないんだっけ?」
内緒ごとはよくありません。
「彼はね、生まれてから僕と爺先生がこっちに連れてくるまで、ずっと誰にでも好かれる人格を演じていたんだよ。小さいころから、辺銀君はそれを処世術としてきたの。クラスメイトに彼のことを聞けば、べた褒め。家族内では、異常な程信頼されていた。」
確かに、それは実際に目で見た。
「まぁ、それも当たり前だったんだよね。辺銀君は小さな頃から、生きていくために、周りの期待に応え演じることを学んできたんだから。でもね、それはすごくストレスが溜まること。とうとう、彼が16の時、身体に影響が出始めたんだ。発疹が体中に出たり、寝言がひどかったり、寝れなくなったり、食欲がなくなったり。結果、彼は自分の演技のことを僕に打ち明けなければいけない状態までに追い込まれ、僕にゲロった。」
雅記の顔には元の薄ら笑いが張り付いている顔に戻っているのに、
内容が予想以上の重たさ。
「いや、あの時の辺銀君程見るに堪えない患者さんにはきっともうお目にかかれないんじゃないかな?一言二言しゃべっては吐き、しゃべっては吐きしながら、辺銀君は自分の病気のせいで、自分以外の他人との間に違う人格を作り出していたことを話してくれたよ。僕との診察時間以外はいつでも、見分けがつかないはずの人間の顔色をうかがって過ごしてきたわけだ、そりゃ、そうもなるよ。」
「16年間辺銀は自分を隠し通した?」
ただ者じゃないと思っていたが…
「隠していたんじゃない。それが、辺銀君なんだ。せっかくこの町に僕と爺先生で引っ張り出したのに。今回のことで、さらに状況が悪くなりそうだ。今頃辺銀の体はどうなっていることやら。」
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