天女、舞い降りる

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彼の言う通り、斎藤は何かに取り憑かれたように桜を見ていた。 本名、斎藤一。 寡黙で居合いの達人である斎藤は、思慮深くまた仲間からの信頼も厚い。 表立った行動はしないが、いざという時は必ずと言っていい程冷静な発言をし、良い方向へと事態を持って行く。 そう、いつだって冷静な彼が、今は珍しい姿を見せている。 らしくない油断。 らしくない発言。 らしくない行動。 「総司…お前は何か聴こえたか?ここに来る前」 「いえ、特には。何ですか?その可笑しな質問」 「……斎藤が訊いて来たんだよ。何か聴こえませんかってな」 土方はガシガシと頭を掻き、斎藤を顎で指した。 彼はまだ、桜を見ている。 「へぇ…?一くんにしか聴こえない音、か。妙な話ですね」 「あぁ…」 確かに妙な話だ。 斎藤にしか聴こえない音。 今も彼は聴こえているのだろうか。  
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