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「あの、どちら様でしょうか?」
僕は少し苛立った口調で言った。
「どちら様って俺だよ……」
その言葉を聞いて、僕はとうとうキレた。
どうしても名前を言わないつもりか?
よーし、それならこっちにも考えがあるぞ……。
「あのさぁ、こんな時間に突然やってきて名前も名乗らずしかも〝俺〟だなんていい加減にしろよ。あんたが誰だか知らないけど、これ以上イタズラを続けるなら警察を呼ぶぞ!」
僕は口調を変えてはっきりとそう言った。
さっきまでの恐怖はどこかに行ってしまったようだった。
「おいおいおい、そうキレんなよ。俺だよ。兄の幸一だよ。開けてくれ。幸治……」
それはあまりにも予想外な答えだった。
何を考えているんだ?
嘘ならいくらでもあるだろうに……。
僕はさっきドアスコープで相手の姿を確認しているし、今も僕と話している声は間違いなく女のものだ。
これのどこが兄なのだろうか?
僕は怒りも通り越し、呆れ果ててしまった。
「おい、本当に警察に通報するからな……」
そう言って僕が受話器を置こうとした時だった。
「待て、待ってくれよ。幸治。本当に俺なんだよ。性転換手術をしたんだ。今、モロッコから日本に帰ってきたばかりなんだよ……」
受話器の向こうの女は今にも泣き出しそうな声でそう言った。
性転換手術?
モロッコ?
まるで訳が分からなかったが、女が嘘でこんな話を公共の場でするだろうか?
にわかに僕は外にいる女が本当に行方不明だった兄なのかと思っていた。
その時、再び兄を名乗る女が喋り始めた。
「ゴルゴンゾーラブラザーズ……。これでどうだ? 昔、俺たちそう呼ばれていただろ? まぁ、本当は〝アオカビ兄弟〟だったけどな……」
その言葉を聞いて、僕は受話器を置き、玄関に走った。
アオカビ兄弟……ゴルゴンゾーラブラザーズ。
それは、紛れもなく僕と兄が昔呼ばれていたあだ名だった。
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