荒唐無稽な御伽の様

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俺の事を知りたいのだろう。嗚呼、俺だって知りたいさ。 なれど、腕の中の女を見下ろす俺の面は、嘸かし酷いのだろう。 何となれば、何度も石塊で頭を殴られる様な痛みは、己に断片的な物を見せれど、肝心な物は見せず、詰まる所焦慮として居た。 其れに口吻から出るのは違う事無く、俺では無い誰か。 否、イズミが身体を占有して、真勝手に己の思ってもいない事を滔滔と吐き出すが故。 此の女に対して、己が何を抱くかと思案すれば、唯此の剛の者と対峙斬り合いたいのであって、恋慕の情の様な物を抱くとは、紛う方無く己では無い。 なれば、女を騙かす云々以前に、今正にイズミと言う男に己が喰われ居るのであれば、会いたいと思惟するのも、知りたいと思惟するのも、総じて中に居る男の策略だったのでは無いのだろうか。 「イズミ、君は如何して此処へ」 「ヴァル……いや、違う、違うっ!」 「イズミ?」 イズミとは誰だ。否、俺は誰だ、否。 闇の中で淡い光を発し、訝し気に俺を見遣る青い眼。 なれば、途端に疼く頭に、彼女の眼は自身の身に悪影響であるのだと気付いた。 「俺は……吉田、稔麿だ。御前何て……知らない」 「吉田 稔麿?何故、其の名が出るか……四方や君からも拒絶されるとは、思わなんだ」 然らば、俺は真ん丸に眼を見開く女へ、白銀色の輪と布切れを強引に押し付け、自嘲的な笑みを浮かべる女から、逃げる様に後退る。 なれど。 「イズミ、如何してだ」 「違うって言ってんの。聞こえなかった?」 「ならば、何故。此れは君と僕しか知ら無い筈。そうさな、君が呉れた」 俺が一歩後退れば、彼女は一歩、又一歩と近付いて来る。 そして、白銀を俺の眼前に翳し、じい、と此方を見遣る彼女の面。 其の彼女の頬にある痣の所為であろうか、つ、と一滴の涙が落ちる様にしか見えねば、本に胸糞悪い。 「何泣いてんの、止めてよ。俺が泣かせたみたいだろ」 「其の台詞も、聞き覚えがあるな。では、僕も同じ台詞を返そうか。 僕が涙何ぞ流せぬと心得て居るのに、解せぬ事を言う」 「止めろよ」 「未だ続きが在る。僕は斯うも言った。其れなのに君は、僕を、」 「止めろっ!!」 次に来る彼女の言葉は、聞かなくとも分かる。 故に、俺は彼女の唇を荒く塞いだ。 而して、ひらりと気侭に遊ぶ女の上肢を捕らえ、我知らず攫い取った白銀を紅差し指に嵌めれば、其の儘。 女のぱらぱらと遊ぶ指を、己の指と絡めた。
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