荒唐無稽な御伽の様

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崩折れる彼女は、如何にもらしからぬ様相であった。 元より血の気の無い風貌であるのに現今、空ろな眼に寄り寄り片頬笑みを漂わせる彼女は、宛ら幽鬼の様なのだ。 なれば、如何して問い質すべくか。何と問い質せようか。 己が口巧者でもであれば、つらりと彼の男は何奴か、何故に古馴染みの如く会話を交えていたのか、と口舌る事も可能であろう。 「御前、の……世に、剣術は……存するか、」 「嗚呼、斎藤か……君は何時も唐突よ。然うさな、剣術何ぞ学ぶ人間は殆ど居ない、実用性の無い。何だ、未熟と説法でも抜かす気か、手厳しい師範よ」 然れど、己が零すのは何とも迂遠な言い回しで、彼女の心中を推し量る事しか出来ず。 己が然う問えば、神無月は現に戻りて狡猾に振舞うのだから、千篇一律の如くぬらりくらりと唄う彼女は、己の了見とする所を覚って居るのだ。 故に、己が逸らかすな、と言えば、彼女は一頻りころころ、と追従笑い様な声音を上げていたのをひたりと止めた。 「然うだ。君等の様な人間は、居ないな。さて、僕を捕らえるか、」 内面の現われない面を此方に向ける彼女は、紛う方無く述べるのだ。 神無月は出逢うた当初、己等の存ぜぬ未見の世から来たのだと、申して居た。 己は彼女の言辞を偽りであると、空言であるとは考えに至る事は無かった。 然れども、縦しんば贔屓目に見ようとも、彼の丈夫は此方の者、思い起こしてみれば彼の丈夫の刀の所作は、真に練達した物であったのだ。 咄嗟に己が刃を受け止めた丈夫は、足指と小指の付け根、踵の三点で地を踏み、足先を浮かせ、尚且つ得物の柄を握る手は龍の口を開く様であった。 其の特色に因りて、柳生新陰流と言う流派を練達した者であると解するに至り、ならば斯様な流儀を身に付けた人間と何故、何故なのか。 偽りでないのだと、疑る事をせずにいたからこそ、己が脳裏に彼の丈夫と共謀する彼女の姿が、鮮明に現れる。 芽を生やす其れは、強かな野草の如く、幾ら摘もうとも又生える、なれど。 「何処だ」 「は、君は……全くも唐突や唐突。で、何がだ」 我知らず、彼女へと向けていた刃先を下ろし、得物を握り締める腕の力を抜く己は、彼女と真向から眼を交えれば、然うだ、と。 彼女は斯くも申して居た。人の様で有るが、人では無いのだと。 然れども、常時の能面の如くした面とは違い、戯ける真似をした拙劣な能面であれば、彼女はひとつ偽りを述べて居る。
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