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斎藤と僕の間には幾許の時分、寂として声無く。
其の由も、彼が自身の上肢を、穴が開くのでは無いかと思う程に刮目して……否、睨め付けて居るからだ。
而して、漸うやっと彼は忝い、と忍び声で僕へと謝意を表し、視線を傾けながら、そう、と掌を除けるのだから、其の仕草が如何にも恥らう乙女に見えて仕様の無い。
故に、大の男が生娘の様よ、と投げれば、きょとりと間の抜けた面で見返すのは、無論彼だ。
「男、か……生娘、か……何方だ。……正に……猛者の如く、した……輩で、あった、が……」
「は、」
僕の捻じ曲げた言辞を、真一文字にする強引無双な丈夫は、彼自身への皮肉とは気付かず、清葉の事なのだと誤謬を犯せば、如何に見て清葉が男に、猛者に見える物か。
然らば、最前からの彼の一言一行も含めて、本に何たる事かと、突拍子の無い音が出る。
「嗚呼、もう……違う、何でだ。何故、然う解釈するか。君に対して言ったのよ」
「己が、生娘……否……神無月、」
何言ってるの一体如何したの、と哀れみの眼を向ける斎藤に、何言ってる如何かしてるのは君の頭だ、と投げられた物を丸々、己が総力を結集させて投げ返して遣りたい。
なれば、今一度述べようか、本に何たる事かと。
彼がエキセントリックであるのは、今に始まった事では無いのだが目下此の現状、尋常の手段として糾問然り、捕縛するのが妥当であるとは思わぬか。
彼が目の当たりにした光景、剰え彼を壊そうとした僕を目前にして居るのだ。
だのに、一度己に得物を向けたとは言え、其れを下ろして、僅かに思い詰めた様な面なれど、平生であるのか。
否、平生であろうと、振舞うのか。
「比喩よ、比喩。兎角、今のは忘れて呉れ。君は面倒臭い」
「……承知」
「其れで、君は何故僕ぅおふっ」
従って、彼のエキセントリック具合に当てられた僕が、長嘆息を吐いて問おうにも、喉元に衝撃が走れば、声何ぞ出ようか。
否、声は出た、何とも御間抜けな音が。
なれば、喉元への衝撃の原因は、袖口を伸ばし僕の胸元の血汁やら、何故か首元を拭く彼の拳であった。
「血、付くぞ」
「……夙に、返り血……浴した。……以って、御前の血だ……差し支え、無し」
「訳が分からん。だが、何故首筋を然迄重点的に拭く。血汁は飛んで無かろ。摩擦熱が尋常で無いんだが、熱い」
「血では……無し……だが、一段……厄介な物、が」
「……訳が分からん」
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