荒唐無稽な御伽の様

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今や抵抗する事も阿呆らしくなれば、正に四肢を打っ棄ると言う表現が相応しいだろう。 ならば、己はされるが儘に斎藤の毛渦をつくねんと見遣れば、拭う行為に神経を集中させる彼は、視線に気付いたのかふ、と面を上げた。 目を細めてじい、と此方を見遣る彼の声はせずとも、如何した、と聞こえそうな其の瞳には、悲哀なのか慈愛なのか、理解し兼ねる色が見えた。 そして、僕が黙した儘であれば、ことり、と首を傾けて、片頬を持ち上げる彼は、当惑を含んだ苦笑の様な物を浮かべるのだ。 然れば、イズミも屡屡切れ長の眼で弧線を描き、毒を秘めた口吻を吊り上げて居たなと思い起こせば、口端が自ずと上がるのを感じた。 言えど斎藤は固より、イズミと似通っている訳では無いと言うのにだ。 姿を重ねてしまうのは如何にも、永訣した筈の彼と出逢うたが故なのだろう。 然らば、笑止の沙汰である。 のべつ幕無しに、彼と共に消光した時を追憶する自身が、己の手で屠った触覚を思い起こしては、ずきりと自身にも同等の痛みを感じ、なれば如何に彼は巨大であったか、と可笑しく。 イズミが相も変わらずの姿形で、つらりと現れたが故に、四方や現から逃避したくもなる程の。 人情以外にも理解し兼ねる出来事が生じて居るのだから、如何にも可笑しく。 何より、最も笑えるのは、其の可笑しさ余りに拳に力の籠もる僕に対し、眼前に居る斎藤が己の頭に掌を置き、不慣れな手付きで摩るのだ。 なれば、己は愛玩動物の類であっただろうか、と思案したくもなる。 然れど、何やら懸命な彼の面に、通常の五割増しの眼光が己の眼に入れば、先刻から絶えず脳裏に流れる彼との記憶や混沌とした思考は、総じて彼の眼光に呑まれるのだ。 故に、此れは此れで可笑しな物で。 「可笑しな事だ、善く善く」 「……然うか、」 「君も其の原因のひとつよ……で、君は何時の間に、」 「見ては……無し」 「いや、然様な問題では無くてな」 なれば、何時の間にやら羽織袴諸々、綺麗に着付けられて居れば、見てないよ、と否定する彼は、何処か外れていやしないか。 以って、僕の腕を掴んで徐に、帰るぞ、と腰を上げる彼は、矢張り。 「如何して質さずに居る。帰る、とは可笑しいだろ」 「御前の、左様な面……以て、」 何を答える答えられる、と続ける彼の真意は、己に解する事出来ようか。 なれば、一体僕の面が何だと言うのだ。四方や、彼は可笑しいのだ。
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