荒唐無稽な御伽の様

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一時会話が宙に浮けば、斯様な辛気臭さは堪らぬわ、と四足の生類の如く唸る男は袂落しを弄りて、其処から取り出した物を豪快にびりり、と裂いた。 然しも、水を打った様な場が一変、木綿の裂ける音で騒々しくもなれば、其の音に安んずる久坂は、景気好くび、びい、と裂いて行く。 なれば、入江は一体何してるの、と頭を傾けるのでさえ大儀なのだから、ちらりと久坂の手元を覗いて。 彼の所思を掴んだ入江は、堪らず常日頃の飄々とした笑みでは無くして、口元をついつい綻ばせるのも束の間。 久坂の裂く襤褸切れの様な物に眼を移動させては、我知らずにもひくり、と口端のみならず頬桁も眦も引き攣る物か。 「あはー、玄瑞が手当して呉れる何て、俺様感慨無量!でも、俺様の見誤りかなぁ。其の茶の汚いのってさ、若しや下帯?褌? ……あはー、うん!然うね!道のりも後僅かだし、帰路に着く迄、俺様我慢出来ちゃう!」 「違うわ!泥濘の上で転げちまっただけだ!御前!何と勘違いした!」 「あはー、泥だとしても褌は勘弁だねぇ。ほらぁ、俺様元気だし甲斐性あるかな!」 「褌じゃねぇよ!手拭だ!其れに甲斐性は関係無ぇ!」 然こそ大童に及び腰の入江の眼には、木綿が如何にも身の毛の弥立つ物にしか見えず。 斯くして、今以て止まぬ血汁には、彼の抵抗も空しくさせる物であり、久坂が彼の肩をむんずと掴めば、痛みか四方や別の何かか。 俺様過労で死んでも良いかな稔麿元気でね、と遺文を地に残そうとする諦め面は、彼の。 「馬鹿か、んだけ血が出てんだ。過労じゃ無くて、出血死だろうよ。 つっても、派手な割に何処も浅いじゃねぇか。血ぃ止めりゃ大丈夫だろっと……取り敢えずこんなもんか、後は戻ってからだな。仮なんだ、我慢しろよ」 「……あはー、雑だねぇ。痛いなー俺様死んじゃうよー」 「だから文句言うなよ!御前みてぇに器用じゃねぇんだ。 つうか……はっ、笑わせんな。万年、脂下がった面の御前が痛ぇ何ぞ言うか」 「あはー、本当に痛いのにさぁ……あ、然う言えば玄瑞も、何だか何時にも増し顔面崩れてなぁい?御礼に俺様特性、」 「楽しそうだなぁ、俺も交ぜて呉れよ、なぁ?」 久坂は万年遣られの担当であるのだから、何処か嬉々として応急処置を施して行くに、余計な事もぽろりと言うもんだ。 然らば、入江が嫣然と笑んで当意即妙に応じようと開口するも、何処ぞから降って来る声音に、次の音は紡げぬか。
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