荒唐無稽な御伽の様

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2人の丈夫に降り落ちる、くつりくつり、と喉を鳴らす特有の笑声に、ねとりと耳朶に纏わり付く様な声音。 其れが、誰人であるか何ぞ自明の事だ。 「あはー、奇遇だねぇ。こんな夜更けに早更けに如何したのさ。御百度って質でも無いでしょ、ねぇ晋作」 「存外、かもしれないぜ?まあ、花街に玄瑞と繰り出そうと思ったが、見当たら無くてなぁ。月見に興ずるのも悪くは無いさ、なぁ九一ぃ」 なれば、音を発する叢生へと然有らぬ体で、まぁた俺様の目を盗んでさぁ泣いちゃう、と入江の。 高杉 晋作、其の人が頃合良くして現ずれば、己は上擦った声音では無かろうか、と危惧の念を抱く彼は、良からぬ兆しであろうと、身を固くして。 平時と変じぬ筈の高杉の声音が、如何にもこうにも怒気を含んだ様に聞こえては、一刹那に慮る入江の底意と言う物、非常に悪い。 「って、まじかよ畜生!晋作、然う言う事はな!早に誘うもんだ!九一の頼み何てえ、蹴飛ばしたのによぉ」 「あはー……俺様、玄瑞を蹴飛ばしてやりたいかな」 処がどっこい彼とは裏腹に久坂が、何だ晋作か丁度好いや手ぇ貸して呉れよ、なぞと切り出すは暢気か。 然らば、何故気付かぬかと気が遠のき、久坂を虚ろに見遣る彼は、大凡血が足りぬのか。 以って、気配を感じた入江が、頭をゆらりと擡げて見上げると、何時の間にやら高杉が、枝木の間から落ちる月光を浴びて居た。 扨も矢張りくつりくつりと笑声上げる其れが、月光で身体が妖しくも煌めいている様であれば、嗚呼もう此の奇人も何なのよ、と虚ろな。 「玄瑞ぃ、九一ぃ、御前達見ない間に滅法男前になったんじゃねぇかぁ」 「お、本当か!?へへっ、分かる奴にゃあ分かるのよ!俺の男振りってもんが!」 「あはー……玄瑞、其れね。多分、褒めて無いと思うんだけどなぁ」 故に、するりと衣を擦りて逼る其れが恐ろしくも感ずる入江は、斯様な所で月見ったら枝木が邪魔だよねぇ処で晋作君の舌は一体何枚なの、と。 浮かれ調子の久坂に聞こえぬ様、入江がこそりと諷すると、高杉はにんまりと笑みを浮かべるのだから応ずると思うだろうに。 「俺は御前の面倒見の良い所が、好きだぜ?……唯なぁ、九一ぃ?今次は要らぬ世話だったなぁ」 なれど、陳ずる文句は入江の見当違い。 然らば、己の在り方を否む様な物言いには、聊か飄々を通り越した、気味の悪い笑みも浮かぶ。 尤も、入江の眼は如何しても笑えていないのだが。
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