荒唐無稽な御伽の様

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いやさ、苟も此れが久坂ならば幾ら朋と言えど、口舌るよりも拳で語るであろうし、吉田に至っては刃で語るやもしれぬのだ。 ならば、瞳の色に煙幕を張るかの如く、へらりと細目で目尻を下げる入江の人格は、大凡成熟した類とも言える。 但し、成熟と言えど端。 彼は相違無く融通の利く丈夫であろうが、如何にも己が殺すを徹底した男は、意外千万の事に随喜渇仰的な質の。 其実、入江と言う丈夫は、神無月が落ちる以往、高杉を筆頭に皆々否とする中、己が尊ぶ師が企てた老中暗殺計画に加わって居たりと、存外飄々とした面の内には熱情を秘めて居る。 然れど、一辺倒な質の、然様な金科玉条の如く体するが故に、器用貧乏とも言うべくか。 己を律する果てに、其の仮面剥ぐ事が出来ず、なれば彼が聊か不憫に映ろうにも、彼の質故に如何しようも無いのだ。 まあ閑話休題として斯様な入江が、矢張り笑みを浮かべた儘、如何な事か俺様分からないなぁ、と言わば彼なりの憤懣、己を出して陳じるも、高杉は黙してじい、と見遣るだけの。 「我等の先達ての手落ち、此度にて挽回の時を忝くして、恙もなく処理を。 以って、案の如く彼奴等の中に鼠公が紛れて居りましては、危うく追手の手の内に収まる寸での所、有ろう事か主人も命惜しさに姑息な真似を、」 以って、入江が求む返答に応じるのは高杉では無く、時を見計らったかの如く現ずる四つの人影である。 なれば、上肢を四つの塊へ雅やかにひらりと伸ばして、彼等から冊子と紙片を受け取る高杉が、分かるだろう九一ぃ、と述べるは其れ、ばかり。 「あはー確かに月見、ってねぇ」 「だろ?」 なれど、入江が其の一言で全てを覚るのに、時はさして掛からず。 然らば、月見と言えど其れが彼女を指すのだから、諧謔味のある頓知に我知らず息を深く吐く彼の。 「あはー俺様、要らぬ世話焼いちゃったねぇ。御主人には好くして貰ったから、つい、ね」 資金援助諸々の世話になっていた料亭の主人等にも追手があり、あわや捕まる所の、四方や背信行為に及ぼうなぞと。 彼の憤る由が其処にあれば、入江は物静かに首肯して。 「九一ぃ、偶には世話焼いてやるよ」 経常のくつりを浮かべる高杉の伸ばす手に、あら嬉し、と応ずるのは入江の。 「でだ、俺が思うにちいと顎鬚でもあっと、益々男前……て、誰も居ねぇ!嘘だろ!?」 而して、何人も居らぬ筈の其処に、茫然自失の不憫な大男がひとり、居った。
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