荒唐無稽な御伽の様

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時にひとりの丈夫が、白湯を口内に含み、其れが咽喉を通ると、噫、と息を吐いた。 仮にげっそりの最上級を表す用語が在ったとして、縦しんば其れがごっそりであるならば、丈夫は其の最上級に当たるのであろう。 斯様な生きる屍の如くごっそりとした彼は、正面に居る2人の丈夫に喋々すると、又ひとつ大息を漏らした。 然すれば、其の音に耳を傾けていた両人は、思案投げ首の体を解き、丈夫へと労いの言葉を掛けるのも、すんまへん、と其の丈夫、山崎 烝が何時に無く生気の削げた面で項垂れるが故の。 彼が斯様な体であるのも、己が不首尾を呪うてか。 山崎は猛火に乗じて遁走する料亭の主等を、己で追跡するより、料亭に忍ばせて居た諜者が一足早く飛び出す姿を思い起こしてしまえば、ちい、と舌打ちて。 阿呆、と唱える山崎は、其時も同様の言辞を唱えていた。 然れば先刻、彼は同志と件の主等の背を追走して居たのだ。 以って、漸う距離を約めたと思えば、彼の眼が認識するは、ごろりと転げ動かぬ蝶者の、思わず阿呆と唸るのも抑えられず。 そして、彼が其の赤黒に染まってしまった阿呆から眼を背ければ、助けて、と追っていた輩が転げて居る中、唯一啼く料亭の主が伸ばす手には、赤黒の冊子。 山崎は、其れが彼の提案する条件なのだと飲み込み、なれば彼が腕を伸ばす一刹那、叫号に因って阻まれたのだ。 矢張り生かすに要する男では非ず、と何処ぞ近くから聞こえる音に、山崎は其の声の主が主人を瀬踏みしていたのだと覚り、胸糞悪くなるが、死霊の如く湧いた4つの塊を相手は分が悪かった。 畢竟するに、何も得られず四方や失うばかりで、当面より脱離した彼が、心身共に疲弊している所以も通ずるだろう。 「朝まだきより彼の家の者に報せを向けましょう」 「……相、頼んます。んで、」 「彼等かい?案ずる事は無い。歳と総司も、彼女も皆戻って居るよ」 「、そうでっか」 静かに聞き手に回っていた近藤と山南は、彼が如何する事も出来なかったなぞ承知している。 故に、従容として構える2人に、山崎は空笑いを浮かべ、ほんならわて休みまっせ、と緩慢な動作で腰を上げ室を出た。 「近藤さん、良いのですか。土方君も沖田君も、未だ意識が……其れに彼女や、斎藤君も妙ですし、」 「心配無いさ」 「然うですか……処で、近藤さん。山崎君は何故、神無月君の室の方へ?休むのでは、」 「はは、其れを聞くかい?無粋だねぇ、」
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