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思案に沈む事、如何して不可能であるのも、僕の口端がへの字形に結ばれるのも、僕の外耳が自ずと丸まりて外耳道を蓋うのも。
「神無月に、手当てして貰ってるだけだもーん」
「そないな事、分かっとるわ!せやけど、見られたらどないすんねん!」
「神無月が気付くから大丈夫だもーん」
「もーん、やない!ええから、其処退きい!」
「烝ちゃん、膝枕して欲しいなら素直に言えば良いのにー。
でもね?頼む時には、概ね多大なる度胸と、微塵も温かく無い視線に耐える度胸と、幾度と投げ飛ばされても諦めない根性と体力が必要だけどね!」
「あほ!そないな事、ちいとも思うてあらへんわ!ちゅうか、頼んだ言うても、激しく拒否されとるやないか!」
やいよやいよ、と喧しさが先刻よりも増せば、一言居士の山崎が茹でに茹でた蛸の如くした面で、藤堂に噛み付くが故の。
「誰が茹でた蛸や!」
「おや、音と出ていたか。其れは済まんな、うっかりよ」
「うっかりを謝るんちゃうやろ!茹でた蛸、言うたの謝りいや!」
耳元で斯様に戯れられては、堪ったものでは無いのだから、僕は己が腿に首を預ける藤堂の首根っ子を摘み、彼の眼と己が眼が搗ち合う様に持ち上げた。
其れに因り藤堂が、えぇもう終わりなの、と光彩陸離たる眼で僕を見遣るも、山崎とは対照的に白妙の彼の面は、普く貼り付く薬液の染みた布の所為か、野箆坊だとか言う妖怪よろしく白妙の面を被っている様であれば、彼は唯の妖怪野箆坊である。
詮ずる所、唯の野箆坊であれば、今し方何遍一蹴しようとも、何遍放り投げようとも、手当てしてぇ、と飛び付き、終いには此奴の伝家の宝刀、人らしからぬ濡れそぼつた眼と面の。
然様な、小さき生類を見せ己を欺く、其奴は居らず。
又候、詮ずれば。
小さき生類が白妙にて相殺される事で、唯の妖怪藤堂と、宝刀無くした気随者に、僕が割を食うた儘で居ると思うか。思わんだろ。
「山崎、今し此れが僕に、烝ちゃんの小姑ぉ鬼ぃ、と洩らした」
「あんさん、声真似めっちゃ達者やな……やなくて、ほんまか。平助はん?」
以って、ちと此方来ぃや、と笑みこだる山崎の眼が、露も笑みこだれていない事を確認した僕は、静かに首根っ子を彼へと引き渡し。
「、えっ言ってな、」
ずるずるり、と部屋の隅へと引き摺られる藤堂の眼と口に、残りの薬液染みた布をぺちりと貼り付ければ、彼の文句は布に吸われ、今宵一体。
妖怪が生まれた。
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