運命

5/5
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
乃亜は勉強机の前まで歩くと椅子を引き 「ここ、座れよ」 と笑顔で羽栢を見る。 乃亜の嬉しそうな態度に少し違和感を感じながらも引かれた椅子に座る。 座った俺の後ろに立ち座る気配のない乃亜。 「兄さんは座らないの?」 「ああ、いいんだ。この方が教えやすいからさ」 腰を下ろした俺の肩口から顔をのぞかせ、優しく言う。 「そう……か」 この気まずい空間から早く逃れようと教材を広げる。シャープペンの芯を出したところで乃亜が数式を説明し出す。乃亜は受験生の高校生に家庭教師としてついていたこともあり教えるのが上手だ。大学も都内で有数のエリート校に通っている。 こんなにも、完璧が似合う男なのに女関係がだらしなく、彼女はとっかえひっかえだし。電話帳やコミュニティは女の名前で埋め尽くされている。 「あ、できた……」 「そうそう、羽栢はやり方さえ覚えればちゃんとできるから……まだわからないところあるか?」 俺の頭を優しく撫でながら子供をあやすような声色で訪ねてくる。わざとなのか、素なのか……。 羽栢はふんっと鼻をならすと頭を撫でる手を払った。 「子供扱いするな……あとはここと、ここと、あとここと……」 「あらー……これは徹夜だねぇ」 「別に全部教えてくれなくてもいい、できるとこまで教えて欲しい」 乃亜はニマッと嫌みな顔をするとやれやれと首をふる。 「お願いしてみなよ…全部教えてくださいってさ。そしたら俺頑張っちゃうかもよ?大好きな弟のためにさー」 「……」 からかわれている。こんなときは「はいはい、お願いします」とでも簡単にあしらってしまえばいいのだが。それすらも体が拒否している。 「ん?どうしたの?」 何も反応が返ってこないので目を丸くして驚いている乃亜。こいつに全部教えてもらえれば、確実に退部は免れる。なにも数学だけじゃない。他の教科も押し付ければいい。そう、こいつを利用するんだ。そう自分に言い聞かせて絞り出すような声で「お願いします」と言った。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!