序 章 咆哮は拳と共に

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 一閃。  夜の森に、稲妻のような閃光が走った。  風切り音を纏った光の軌道は空を横切り、直後、斬撃音と同時に数本の大木が吹き飛んだ。  豪快に切り飛ばされた木々は轟音を立てながら地に落ち、文字通りただの倒木へと姿を変える。  なんとも理解しがたい光景である。  周囲に散らばる倒木は、どれも、直径一メートルは下らない成木だ。それをバスタードソードと呼ばれる、たかだか片手で扱える剣如きで切り飛ばしたのだ。例え戦斧を持ち出したとしても一撃で両断することなどできはしない。その腕力たるや、一体どれほどのものなのか。  しかし、それを扱うのが黒い毛に覆われた人外だというから、存外ありえない話でもない。  その、黒毛に覆われた《狼の顔を持つ人外》は剣を掲げながら言葉を紡ぐ。 「ならば、力づくでも契約して貰おうか。人間」  視界の下方。斬撃の軌道の真下。  鬼出電入の一撃をかわした《人間》に向けて。  その人間は、金色の髪を持っていた。  その人間は、首元を黒い布で覆っていた。  その人間は、 「それとも、泣きながら乞──」  鬼でも振るい上がる様な、寒気のする笑みを浮かべていた。  ゾクリ、と。それこそ氷でもぶち込まれたかのような急激な冷えが背筋を覆い尽くし、それに遮られ人外は唐突に声を失った。  視界に入る人間の顔。双眸は濁っているにも関わらず、標的を睨んで捉えて離さない。加えて鋭利に吊り上った口角はこの状況を心底楽しんでいるようにも見える。  何かがおかしかった。  全てがおかしかった。  言い知れない体細胞のざわめきが、身体中を覆い尽くす。  小刻みに震える膝は、恐怖からなのか。
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